オヤのきもち、コのきもち

9歳と6歳の兄弟との毎日を、記録していきます。ときどき、親業。たいてい、失敗。そんな毎日。

【読書メモ】ゴードン博士の人間関係をよくする本 

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1月からオンラインで経営学を3か月間学びます。コンテンツの一つに「親業」を見つけてびっくり!親業訓練協会が主催するビジネス用セミナーもあるのですが、第三者的な立場からおすすめされているのだと知り、「やっぱり、いい方法だよね」と思いました。

で、さっそく参考図書になっていた「ゴードン博士の人間関係をよくする本」(トマス・ゴードン著、近藤知恵訳)を購入して読んでみました。内容は「親業」の本をビジネスシーン別に少しピックアップしているものですが、すぐに知りたい人にはいいかも。でもやっぱりこの本を読んですぐに親業的アプローチが全部できるようになるとは思えないので、本当に身に着けたいと思うなら講座に通うのがおすすめだなという印象です。それでも久しぶりに親業に触れ、はっとしたこともたくさんあったのでメモ。

 

■問題を所有する人が問題を解決する

これは(子育てもそうですけれど)育成とか同僚との付き合いとか、ビジネスでの人間関係でも肝に銘じておかなくてはならない言葉だなあ~と。アサインという概念があるので終わらなければ自分で何とかしろよ、とクールに構えることもできるのですが、後輩が困っていたらついつい「じゃあ、自分がやるよ」となってしまうのも事実。でもそれだと「困ったらあの人がやってくれる」「自分の成長にならない」などマイナスをひき押してしまう可能性も。「救助」と「支援」は違う、ということは、ついつい手を出しがちな私みたいなタイプは常に気を付けておかなければと思いました。

 

■「参加の原則」をもっと活用するべし

経営陣や上司が立てる「営業目標」「運営方針」「部内のルール」…その他もろもろいっぱい!守れない部下にいら立つ上司。どうしたら???守られていないルールはだいたいが「上の立場の人や一部の人」だけが決め、「そのルールを実行する人」には説明だけで済まされているのがほとんどだと思いました。人は参加をして、自分も納得して決めたルールじゃないと守らない。大企業の経営方針を社員全員が参加して決めるのはどだい無理な話だとは思いますが、それでも何かやりようはあるはず。たとえばいくつかの目標を掲げて優先度を社員投票で決めたり、ネットでいつでもだれでも本音で意見を言える場を提供したり(よくありがちな『社長と社員がランチで交流』で不満や本音を言える社員はどれだけいるんだろうだろう、と思います…)

 

■完全に経験された経験は、消える

共感して聞いてもらえた、と感じるとどうしてイライラや葛藤が収まるのか。「イライラしたり葛藤を抱えたりしている人が、自分の経験を完了できるようになる、~完全に経験された経験は消去する」と本文にありました。確かに、子どもが「自分の気持ちが受けとめてもらえた」と感じたときに、いままでの癇癪が嘘のように収まるシーンは何度も経験していますし、私自身夫に「ちょっと聞いてよ!!!怒」と愚痴を気のすむまでぶちまけてぶちまけたあとは「ありがとう!ちょっと元気出た!」と勝手に解決することもしばしば(笑)本には頭が痛くなったら、その頭の痛みに集中して観察することを繰り返すと次第に痛みが消える、という演習が紹介されているので今度やってみたいと思います!

 

■最後に文中で紹介されいた「聞いて」というタイトルの詩がめちゃくちゃよかったので一部転記します。いや、本当「聞く」だけで9割は解決するんですよね…

 

私があなたに 聞いてと頼んだのに

あなたがアドバイスを口にしはじめると

あなたは私のお願いしたことをしていないの。

 

私があなたに 聞いてと頼んだのに

あなたが 私がそんな気持ちになる必要はないと 説得しはじめると

あなたは 私の気持ちを踏みにじっているの。

 

私があなたに 聞いてと頼んだのに

あなたが 私の問題を解決するために

何かしなければならないと思ってしまうと

あなたは 私を裏切るの

変に聞こえるかもしれないけれど。

~~~~~~~~~

それに私は 自分のことは自分でできるの

私は無力ではないんですもの

私は失望しているのかもしれない

でも 無力ではないのです。

 

あなたが私に何かをしてくれて

それが私が自分でできることだったら

あなたは私の恐れと不全感を作っていくのです。

 

でも あなたが それがどれほど理屈に合わなくても

私の感じていることと 私が感じているという事実を受け入れると

私は あなたに理解させようという努力をやめ

この理屈に合わない感情の背景には何があるのかを

理解する仕事に向かうことができるのです。

 

そして それが何か はっきりしたとき

それに対する答えは明白で

私には アドバイスは いらないのです。

 

理屈に合わない感情も

その背後に何があるかが理解されれば

その意味がわかるのです。

 

多分 これがときに ある人にとって

祈りが意味を持つ理由なのでしょう

なぜなら神は沈黙し

アドバイスを出したり

物事を直したりしようとしないから。

神は ただ 耳を傾け

あなたに自分でさせるのです。

~~~~~

 

 

おしまい